美月「そうですか。そんなに……」
貴文「もー顔を会わせる度にあーじゃないこうじゃないって収集つかないったら。とりあえず事務所以外では大人しくしてるみたいだけど」
美月「でも珍しいですねぇ。いつもなら蘭くんが折れる形で終わるのに彼が本気で悠太くんとやりあうなんて。虫の居所が悪かったのかそれとも腹に据えかねる事をなにか言われたのか……。」
貴文「悠太の奴は言われたら言われたぶんだけ言い返さないと気がすまない質だからなぁ。本気で相手してたら日が暮れちまうよ。そう言ってたのあいつなのにさ」
美月「まぁいいでしょう。僕も二人のフォローに回ります」
貴文「悪いな、頼む」
美月「いいえ。これも僕の仕事の内と言えばそうですし。それより貴文さんはそろそろ金末(かねすえ)プロデューサーとお約束の時間では?」
貴文(時計をみて)
「うっわやべ!」
美月「ほら、鞄。スケジュール帳とタレントのプロフィール表は入れておきましたよ」
貴文「サンキュー!」
美月「確か悠太くんとトナミ君をバラエティーにと言うお話でしたよね」
貴文「そうそう。なんかあいつらの掛け合いが気に入ったんだとさ」
美月「そうですか。それはいい傾向です」
貴文「じゃあ行ってくる」
美月「ええ行ってらっしゃいませ」
SE(ドア開閉)
美月(記憶を辿るように)
「金末昇(かねすえのぼる)。確かコチTVのブロデューサーでしたかね。昔からあまりよい噂を聞かない人でしたが……まぁ貴文さんは彼の趣味の範囲ではないから大丈夫でしょう」
SN(夢・回想)
(エコー)
美月『へぇ。ここで待っててくれと言われたので待っていればこう言うことですか。最近新しいビジネス方針が裏で出来たと聞いてましたが……。
〈クスリと笑み〉まぁいいでしょう。それで? 君は僕にどんな奉仕をしてくれるのでしょうか』
蘭(夢に魘される)
「う……ん……うわぁっ」
SE(起き上がる)
蘭(ぜぇはぁと息継ぎしながら忌々しそうに)
「……最悪」
SE(ドア開閉)
美月「おや、漸く起きましたか。おはようございます蘭くん」
蘭(辺りを見渡し)
「今何時だ?」
美月「19時を少し過ぎたくらいですかね。他の四人はもう帰りましたよ」
蘭「あー……そう。貴文は?」
美月「コチTVのプロデューサーさんの所へ商談に行かれてます。そろそろ戻られるかと思いますが」
蘭「ふーん」
SE(ライター点火)
美月(ライターとりあげ)
「事務所内は禁煙です」
蘭「いーじゃねーか、あいつらの前では吸ってねんだからさ。返せって!」
美月「ダメです。臭いがこもります」
蘭「あ〜ったく、んーだよもぉどいつもこいつも」
美月「……悔しいですか?」
蘭「んぁ?」
美月「思い通りに事が運ばず悔しいですか? 毎日の様にオーディションを受け、結果に落胆し。けど自分より年下であるあの子達は目まぐるしくスタジオを走り回る。今日とて結局自分一人事務所で留守番。オーディションの誘いさえない」
蘭「そんなん今さらだろ。こっちに移って来てから入る仕事なんてSAGINの仕事くらいで俺個人の仕事なんて全然……」
美月「何故だと思います? 仕事が入らないのは何故だと」
蘭「何でってそりゃあ……〈少し考えて〉俺の力量不足だって事だろーよ。チビどもに仕事が入って俺に入らないってのは、つまりそーゆうこった。そりゃ運もあるだろうけど、結局はどれだけ相手の印象に残るかだろ」
美月「おやおや、君にしてはとても弱気なセリフではないですか。どうなさったんです?」
蘭「べっつにー。俺も色々考える事があるだけだって」
美月「それは珍しいですねぇ。明日は台風でも来るかな。お茶をどうぞ」
SE(カップソーサーをテーブルに)
蘭「……よぉ美月」
美月「はいなんでしょう」
蘭「お前はここではマネージャーなんだろ、俺達の」
美月「ええ、まぁ。元はただの電話番ですがこれ以上スタッフを雇いいれる余裕なんてありませんからね」
蘭「だったらよ。……だったらどっかに俺を売ってこいよ」
美月「は?」
蘭「誰だっていい。どっかのプロデューサーだろうがディレクターだろうが誰でも。俺を買ってくれるやつ探してこいよ」
美月「買う、とはまた怪しい言い方だ〈クスリと笑う〉」
蘭「それがマネージャーの仕事なんだろ? 前のマネージャーがお前に俺を売ったみたいによ」
美月(少しびっくり顔)
「……また古くさい過去を持ち出したもんですね。まぁ、君がそう言うということは相当せっぱ詰まってるって事かな?」
SE(椅子に座る)
美月「ですが残念、お断りします」
蘭「んでだよ、俺がいいっつってんだぜ」
美月「誰が君の心配をしてると言いましたか。貴文さんの事務所でそんな汚らわしい行為をする事はゆるさないと申し上げているんですよ。前のあの色情狂い女の事務所でなら兎も角、彼が我が身を投じて守ろうとしているこの場所を、タレント達を汚すような行為はやめて頂きたい」
SE(紙を捲る音)
美月「焦る気持ちはわかりますよ。けどね、接待をして成功した者達の末路を貴方は御存じでしょう? SAGINのリーダーとしてあの子達の上に立つ身ならば、そんなバカな事を考えるのはやめなさい」
蘭(自嘲気味に)
「……トナミがよ、俺は唯一あの事務所では自力で仕事とってたって言うんだ。んな訳あるかってんだよな。
何の後ろ楯もない奴が、なんの見返りもなくこの業界生きてけるわきゃねーのさ。悠太には大女優の母親。トナミとシーナには神宮の名前。樹にはお前。悠太にはあんな事言ったけどよ、羨ましかったんだ正直」
美月(呆れた様に蘭をみやり)
「愚痴を言う暇があるなら演技のレッスンでもしてきたらどうです。レッスン場の鍵開けてあげますよ」
蘭「いらねーよ。なんもいらねー。もうなんもいらねー」
美月「そうですか。では貴文さんがお帰りになる前に貴方もそろそろお帰りなさい。そんな辛気臭い顔で会ってまた彼に心配事を増やさせるきですか?」
蘭「……だな。帰るわ」
SE(椅子からたちあがる)
SE(足音、ドア開く)
美月(立ち去る蘭を呼び止め)
「ああ、蘭くん。明日は10時に事務所に来てください。SAGINの新規のお仕事がありますので説明を兼ねてミーティングをします」
蘭「……わかった」
SE(ドア閉)
美月(溜め息をついてポツリと)
「させる訳ないでしょう接待なんて。もう二度とあんな事、貴方はしなくていいんですよ蘭くん。僕がついた限り二度と━━━━」